平成30年9月6日朝3時6分大きな揺れ

北海道出張中 室蘭ユースホステルでかってない大きな地震に遭遇 ガタガタでなくガンガンという感じ。

5日に北海道ではめったに来ない台風21号通過あり、その翌日にこの大きな地震であった。私は翌朝地震状況を聞き被災地に行くことを決めた。写真はユースからの日の出。

 

厚真町にその日の10:30到着

トラックには8月末の仙台での危機管理産業展出品の新品カマド2台それに9月1日札幌新琴似で炊き出し訓練の為、炊き出し器2台・水道ポンプ・流し台・発電機など自己完結資材を幸いにも積んでいた。ラジオ情報から被災状況が入電されてない厚真町へ向かった。

 

 

センター前の炊き出しスペース

厚真町役場に着き炊き出しを話すと是非にと好意的に受け入れてくれた。炊き出し場を決めるためにトラックをスペースに止める。右後ろの電動時計は地震発生時午前3時6分を指している。ブラックアウトの時間でもある。 

 

炊き出し場からセンター方向

ご覧の様に始めは閑散としているが続々支援の車が集まって来ることを予想した。役場の課長さんに人・物の調達を願う。人は商工会が行ってくれることに。食物は防災無線で街中に調達を呼び掛けて貰った。

 

厚真町総合福祉センター玄関

避難者はここを入り手続きを済ませ左側の避難スペースの多目的ホールに入ることになる。この時間避難者があったかは記憶にないが後でのぞいてみると受付がありそこには役所の人々が10名程度働いていた。

 

調理場作り

先ず排水が取れることを確認。排水口を基準にポンプ・流し台・炊き出し器の位置を決める。右奥にポンプ流し台・手前のカマドは流し台からお湯を出すための熱交換器付き。避難所の環境基準 スフィア基準に沿ったもの

 

テントが取り付けられる

炊き出し器4台 大なべ55型 まかないくん85型 同30型 バーナーは灯油バーナー3台 しかし油タンクは2個なので着脱して共用 それに30型用のLPガスバーナー テントは機材のレイアウト後建てられた。  

 

炊飯

自衛隊さんの炊き出し隊より少々早かったので、先ずおにぎりを作ってくれとの要望で米10㎏と15㎏を2つの釜で炊飯する。幸いなことにこの炊飯方法は以前自衛隊さんに教えて頂き、最近習得した。おにぎりは乾パンと違い水分摂取ができる。

 

自衛隊さんの調理隊

暗闇の中で自衛隊さんが炊飯を行う。彼らはどんな環境下でもご飯を提供する。後日聞いたのだが今回の様に1500~2000食の場合、炊飯と副食調理を同時に作るのは困難とのことで、副食を町の人々(被災者)に任せたことは正解であった。

 

厚真町商工会が調理主体

日頃の催事にご使用の炭焚きコンロと寸胴釜 手慣れた手つき チームワークが人々の命をつなぐ。当社の名刺には「災害に強い人づくり町づくり」と書いているがまさにこのようなことだ。自助を望むならこのような共助は日頃から行う必要がある。

 

大なべ55型の燃焼

裸火が見えるがこの釜は大なべ55型 平釜なので攪拌がしやすい。当社が被災地に来る目的の一つはいろんな点で商品改良につながるため。会社では長期の使用実験はできない。メーカーが支援に来るのはある意味「当然」ともいえる。

 

こちらは、まかないくん85型

大容量100ℓの調理が可能 熊本益城町の総合体育館ではこの釜2台で当初1200食を作った。裸火は見えない安全性・熱効率が高く災害時最も頼りになる。これで最初米15㎏を炊飯 食数は300~400。

 

炊き出し調理場の外観

客の動線を考え 右から左へ配食する。

 

調理場

多くの人々が調理場に立ち込む。だからカマドは安全でなければならない。今回の55型は壁面のみ1重だが2重にすることに決めた。

 

防災は人なり

もくもくと調理する人々 普段食べている食事を! 彼女も被災しているかもしれないが涙をこらえて調理する。思えば東日本の時はそうだった。名取市閖上地区の人びとを思い出す。  ここで注目! そろいの赤シャツ・黒エプロン この町は食のイベントが多い証拠

 

調理台確保

調理するには調理台 役場の人々は調理に関していろいろ便宜を図ってくれた。またそれは信頼による任せだった。災害時炊き出しは被災者自ら自主的に行うのが良い。そのために日頃から訓練が必要だが、この町はなぜか手慣れていてチームワークも良い。

 

大量調理

人口4600名の町でライフラインが止まり各自で調理ができないので炊き出しに頼るしかない。ここでは毎食1500~最大2000食を作る。カマドは2回転以上する。配食は他の避難所・役場の人や消防団にも。近頃では支援の人々の分も作ってはどうかという議論が出るようになった。

 

 

 

食の宝庫 北海道

ジャガイモ人参玉ねぎなど続々集まる。最初役場の課長さんに食材をできるだけ集めてほしいの伝えた。一日1,140円/人は災害救助法で国から出る。災害時は掛買い。支払いは後払い。信楽焼き狸が一方に徳利もう一方に通い帳を持っている。同じようにつけ払いでどんどん買う。

 

カマドは移動できること

続々入る食材 仮置きの事も考えカマドは簡単に移動できなければならない。カマド下にキャスターが付いている。また底の部分が2重構造のために設置面(床)を傷めない。収納の事を考えるとカゴ車は地面との離隔や棚板が取りつくなど利点が多い。

 

調理

地元の味 そして特にこの地では漬物が喜ばれ45ℓ容器にいっぱいの漬物を漬ける。後日談だが保健所から漬物はダメだとストップが掛かった。何か方法はないかと考える。

 

排水口

炊き出し調理場を決めるには先ず、排水が確保できること。今回大きな排水口があってこれを基準として水道ポンプ・流し台を置きそれに倣ってカマドを配置する。また自衛隊さんの給水車を横付けして頂き、流し台を使った清潔な炊き出し場に仕上がった。

 

 

大発見! 大きな冷蔵庫

あー!こんな方法もあったと新発見。熊本益城町でも冷蔵庫の必要性が説かれたが町内の市原精肉店が炊き出し場のそばに冷蔵車をずーっと横付けしてくれた。中には冷凍庫も載って、家庭では電気が止まっているので、その肉なんかも保管する。アイドリングで運転 「神の助け」

 

夕食の配食

総合福祉センター右側建屋「ゆくり」の玄関ポーチで夕食の配食
雨が降ったり、夜暗かったりする場合ここがベスト。避難者は雨にぬれず明るい光の下で食事が受けられる。余談だが外国のメディアのカメラが入ったが悲惨ではない元気な姿を見せることができた。

 

夕食の配食

人々が短時間に食事を受け取れるように最初はご飯・果物(リンゴorミカン)・ふりかけ・豚汁とUの字を描いて回れるようにした。果物のチョイスは当初選ぶ時間が長い事(迷いが生じる)から役員がパッと出して取ってもらう方法に変換した。

 

炊き出し器

左側がまかないくん85型調理量100ℓ 右が大なべ55型55ℓ 燃料は灯油 災害時今回の様にライフラインが止まるような事態ではLPガスも供給は難しい。特に北海道では寒さのために気化率がダウンする。

 

ヤマヤが被災地で炊き出しを行う訳

商品の開発上 災害地での炊き出しは多くの事を学ぶことができる。安全上の問題・耐久性・その他etc。
それに行くならできるだけ早く、これは阪神大震災時に10日目で行った中学校でこっぴどく叱られた。「来るなら早く来てくれ、3日間は地獄」であったと。

 

自己完結

今回、水道ポンプ・流し台・発電機・熱交換器を持参する。先の灯油バーナーはライフラインの都市ガス水道ポンプは水道 発電機は電気 これが最低限必要。流し台は衛生と作業の効率化 手汲みの作業では大量調理困難 ちなみにこれらの商品は業界に先駆けヤマヤが独自開発。

 

企業は人なりというが

もちろん炊き出しも人である。栄養士もいれば調理士もいる。想像するにここ厚真町は日頃からイベントが盛んなように見える。村おこし町おこしは人々の熱意だ結束力だ。

 

ちゃんとマスクもしています。
被災者の人々に安心頂ける食べ物とスタッフ一同は衛生第一で行っています。

 

 

-